・第2次世界大戦前後の広島の日常生活が緻密に描かれる
・主人公すずの天然で健気なキャラに癒される
・直接的な暴力もあるが、それとは違う「怖さ」がある
おススメ度:★★★★★
この作品の素晴らしさは各所で語りつくされている。私も遅ればせながら、映画と原作本を読んだので、紹介してみたいと思う。「怖い本」として紹介するということには、少々躊躇があるが、ある種の恐怖感を感じたので、その点について少しだけ感想を書いてみたい。
昭和9年か物語は始まり、主人公「すず」の幼年時代から少女時代、そして結婚生活を中心に、戦前・戦後の中でも今と変わらず「生活」という日々を真面目に暮らしていた様子が戦後直後まで描かれている。作風としては、空襲や原子爆弾の投下など戦争による直接的な破滅よりも、登場人物たちの欲や愛情、分かり合えない気持ちなど、基本的にはリアルな生活感が緻密にユーモラスに描かれている。作画も素晴らしく、主人公「すず」の可愛さが余すところなく描かれていると思う。コマ割りも工夫されていて、カルタ風に書かれたお話もあり、漫画的な技術も高いし、センスも独特だ。
しかし、この作品の持つ恐怖とは何か。もちろん、爆撃や原子爆弾による「死」の恐怖は明確だ。だが、直接的な暴力については、控えめにしか描かれていない。昭和の小学生の不朽のトラウマ漫画「はだしのゲン」のような凄惨な破壊や暴力描写に比べれば、はるかに少ない。が、それが逆に作品に絶妙の効果を与えている。
誰の言葉だったが「人生とは真っ暗な海を小さな船で航海しているもの。一つ船底を踏み貫けばどこまでも暗い海に沈んでいく」と聞いたことがある。主人公「すず」がどんなに優しく、思いやりがあり、必死に日常を生きても、不条理な「何か」が人生を破壊する。これは我々の生活も同じだ、病気が、事故が、怪我が、失業が、孤独が、今も足の下には渦を巻いて広がっている。その上を、小さな船で航海しているに過ぎない。
しかし、人間は一度沈んでも、また浮かび上がり、その苦しみを糧にして逞しく生きていくことができる。もちろん沈んだまま死んでしまうこともある。だが、この作品でも「すず」はまた立ち上がった。自分がどんなに苦しくてもまだ、できることはあるはずだ。少なくともそう思い続けたい。
世界では今も各地で戦争が起こっている。戦争は嫌いだ。私も子供のころ、祖母が畑で機銃掃射された話を聞かされた。ただでさえ不条理な世の中、何も積極的に「殺し合う」必要はないだろうが。それは物語だけでいい。
蛇足:映画版も素晴らしい出来だ。作画と声優が完璧。しかし、あるエピソードが意図的に削られているので、気になる方は漫画版もぜひ読んでみてもらいたい。逆に、エンドロールは映画版の方が好きだった。
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