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2017年04月24日

K・Nの悲劇(高野和明/講談社) 〜あらすじと感想、ネタバレもあり



・妊娠・中絶をテーマに壮絶な夫婦の戦いを描く

・最初を抜ければ、一気に読み通せる通読性

・ただ、傑作に至るには今一歩何かが必要だ

おススメ度:★★★☆☆


随分長くかかってしまったが、この度の本屋の「店員さん」おススメの3冊中の3冊目を読み終えた。前2冊は「もっと嫌な物語」「6時間後に君は死ぬ」で、両方とも流石にプロが勧めるだけあって味のある2冊だった。今回は、本ブログではおなじみになりつつ高野和明氏(上記の「6時間後に君は死ぬ」と同じ著者)の作品でもある。

(あらすじ)ベストセラーを当てた主人公は、貧乏状態から一気に成り上がり、高価なマンションをローンで購入。その勢いで妻と交わった結果、妻は妊娠。だが、ベストセラーは過去のものとなり、重い経済的負担が二人に襲い掛かる。そして、夫婦が選んだ結論から、この苦しい物語が始まる。

何しろ出だしからグロ要素満載のプロローグがあり、タイトルに「悲劇」とついているのだから、覚悟はしていたが、これが中々どうして重たいお話なのだ。私も二児の父であるからには、結婚・妊娠・出産の過程は一通りこなした。その時期の心境を振り返ると、独特の不安と幸福が入り混じったものだったと記憶している。特に印象に残っているのは「無力感」。男は出産に関して経済的・心理的なサポートはできるが、直接的には極めて「無力」なのだ。

さて、この作品は妊娠をテーマに扱ったものである以上、結末は二つしかなく、それも、だいたい途中で察しはつく。作者はある意味ありふれたテーマに、医学的知識と心理学的知識、さらにサスペンスと超自然要素をミックスし、人間の奥底にある懊悩に切り込もうとする。

それは一方で成功し、一方では失敗している。豊富な知識とサスペンスフルな展開は、物語としての面白さを演出し、読者を引き込む。一方でその「工夫」はテーマの重さと単純さを阻害する。氏の全著作の半分以上は読んでいるが、私の感じる限り、恐らく本来の持ち味は軽妙で機知に富んだ作劇にあるはずだ。「13階段」では、それが重いテーマを動かすエンジンとなったが、こちらはそこまで機能していない。

この作品を上げればいいのか、下げればいいのかは判断に苦しむが「怖い話」ということなら多重の意味で十分怖い。そういう意味では読んで損はないはずだ。ただ、作家が作家を主人公にした作品を見るたびに、私は少し不満を感じる「手を抜いたのではないかと」。本作品もその例に漏れないのだが、プロがプロとして書いた作品であるので、手抜きでないのは分かっている。分かっているのだが……。

少しネタバレをする。もし、ここまでの記述で読もうと思われたら、この広告の下は読まない方が多分楽しめる。歯切れが悪くて申し訳ないが、今気づいた結論はやはり未読の方には述べられない。





(楽天)








以下、ネタバレ含む




そう、スッキリしないのはこの物語の結末が、思い切りハッピーエンドに振れているからだ。読後感がいいといえばそれまでだが、悲劇を標榜して大団円に行きついてしまってはいけない。もちろん反論はあるだろうが、この道具立てでは、誰か重要な人物が死なないといけない。みんな助かってはいけないのだ。だから、話が軽くなってしまった。この小説に相応しいのは絶望感と一筋の光明だったはず。作者は間違いなく作劇の技術に優れている。だが、それが仇となって、見えない壁を超えられていない……。

それならいっそ幸福から初めて不幸を語った方が良かった。何だか非常にもったいない気分だ。幸せな家族から逆算した方が良かったのではないか……素人考えではそう思う。

何はともあれ、これだけ感想に結論を出すのに悩むのも久しぶりだ。この駄文の結末はもう、ご存じのはず。

自分で読んで確かめるしかない。
(きうら)


posted by 北川商店 at 07:00| ★★★☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

この世にたやすい仕事はない(津村記久子/日本経済新聞社)



・ありそうで、なさそうな5つのしごと。

・少しだけ、こわい部分あり。

・現在、仕事で多忙な人には向かないかも。

おススメ度:★★★★☆


本書は五つの章で構成される、長編小説といってもいいもの。タイトル通り、女性の主人公が《そんな仕事そうそうないやろ》と言いたくなるような仕事(パート)に、転々と就く話。前職に疲れ、楽な仕事を探し求めるまではいいのだが、なぜか都合よく紹介される仕事が少し変わっていて、興味深いです。(主人公に仕事を紹介する相談員や、彼女に関わる人々が、やけにやさしいのが、釈然としませんが)。

内容としてはまず「みはり」の仕事から始まり、読み出した最初は不思議な感じで、面白くなりそうだと期待が持てました。「バスのアナウンス」を考える仕事では、おそらく本作で一番の謎めいた出来事が起こり、少し怖さがあります。それは、言うならば『世にも奇妙な物語』のような怖さです。

その後二つの仕事を経て、最後の「森の小屋」での仕事(こんな仕事あったら私もやりたい)では、主人公が一見怪奇現象的な目に遭うのですが、種明かしはそれほど大したものではありません。とは言え、身の周りで同様の事が起こったらと考えると、現実的な怖さがあります。

5つの仕事を通じて、仕事に疲れていたはずの主人公は、かなり冷静な視線で客観的に人間関係を見ようとしている。それほど責任を負わなくてよいからでしょうか。楽な仕事というわけでもなさそうだか、彼女にはあっているからでしょうか。「しごと」を通じて、彼女の再生が果たされるラストは、少しうまくいきすぎのような気もします。

あくまで、これらは《ファンタジー》ということです。仕事とは単純労働と必ずしもイコールではなく、自らの創意工夫や着眼点の変化などによって、如何様にも捉えることができる。そのような仕事こそが、有意義な「しごと」だと、この作品は示しているのでしょうか。しかし、長時間労働や人間関係に悩むことの多いと思われる、日本の職場環境のことを考えると、やはりスッキリしませんが。まあ、現実にからめずに、気にせずに読んだら面白いです。(こんな仕事あったら、ほんまええなぁ)
(成城比丘太郎)


(編者注)椎名誠の盟友、目黒考二が「一日中、本を読む仕事をしたい」という動機で発行者(現在は退かれている)になったのが「本の雑誌407号2017年5月号(Ama)」。その辺の内情は、椎名誠氏の「もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵 (Ama)」を読むとよくわかる。私もそんな仕事がしたい。




(楽天)




posted by 北川商店 at 00:28| ★★★★☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

拷問の話(岡本綺堂/青空文庫)



・日本人の誇りを示す貴重な伝聞

・拷問とはサディズムにあらす

・読みやすい文。感じ入る結末

おススメ度:★★★★✩


(あらすじ)江戸時代、吉五郎という人間が窃盗の罪を犯した。しかし、彼は自白しない為、拷問に掛けられる。しかし、その時代の拷問とは、寧ろ拷問をする方が恥ずべき行為だった……。

「半七捕物帳」で著名な岡本綺堂の随筆の一編。タイトルは過激だが、内容は如何に日本人が「罪を憎んで人を憎まず」の人種であったかを示す美談だ。以下、著作権も切れたようなので引用する。

「わが国にかぎらず 、どこの国でも昔は非常に惨酷な責道具を用いたのであるが 、わが徳川時代になってからは 、拷問の種類は笞打 、石抱き 、海老責 、釣し責の四種にかぎられていた 。かの切支丹宗徒に対する特殊の拷問や刑罰は別問題として 、普通の罪人に対しては右の四種のほかにその例を聞かない 。しかも普通に行われたのは笞打と石抱きとの二種で 、他の海老責と釣し責とは容易に行わないことになっていた 。」

つまり、なるべく肉体的苦痛を与えずに罪人を裁くのが、捕り方の器量とされたのである。これは拷問の話としては全く百八十度逆の論旨であろう。何と誇り高いことか。しかし、罪人もどうせ死罪であれば、自らの誇りを守ろうと、その暴力による詰問に屈せず、周りの罪人も彼をヒーローとし、その器量を讃えるのだ。

もちろん、犯罪は犯罪だ。犯罪は憎もう。それは当たり前だ。だが、この随筆で描かれるのは人間の度量の話だ。責める方も責められる方も、プライドを賭けて戦うのだ。責める方は傷つけたく無い、傷つけられる方は力には屈服しない。真の男同士のやりとりだ。

翻って今の日本人はどうだろう? 罪を犯したものは保身を考え、罪を裁く者は冤罪と知っていても責め続ける。罪を犯してないかも知れない弱者を吊るし上げる。これこそ、今の日本のリアルな「恐怖」でなくて何であろうか。岡本綺堂の話がフィクションなのか? 今の日本人がフィクションなのか?

正義を語るつもりは毛頭無いが、誇りとは何かを学べる一編。大人の都合上、有料版にリンクを貼ったが、タイトルで検索すれば「青空文庫」で無料で誰でも読める。

金は無くなってもいい。健康を損なうのも仕方ない。人生は失敗の総体だ。だけど誇りを売り渡してどうする。それすら無いとすれば、己は、日本人は、いったい何者なのか?

獣、獣に違いない。
(きうら)

posted by 北川商店 at 00:12| ★★★★☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする