もともとseesaaブログで始めた「怖い本」ですが、独自ドメイン「http://scarybookplus.com/」に移行しました。最近、スマホの広告がウザいとの共同制作者の移行でこのサイトの更新はストップしていますので、ぜひ本サイトへ遊びに来てください。こちらで更新していた内容も本サイトで更新予定です。

2017年08月24日

「あなたの知らない世界」はあったのか 〜幽霊はいるか、いないか?

esse-.jpg
昭和の話をしたい。昭和の夏休みになると、なぜかお昼のワイドショーで「あなたの知らない世界」という怪奇特集をやっていた。私はこれを実に楽しみにしていた。平成29年にもなると何のことかわからないと思うので、簡単に説明すると……。

視聴者(たぶん、作家が書いていた)から寄せられた恐ろしい話をもとに再現ドラマが作られる。例えば、生前、体が弱ったのでそれまでいびられていた嫁が義母を虐待する。そして、その義母が死ぬと、嫁の事を恨んで化けて出るというよう内容を、結構なリアリティ(当時の基準)で真昼間から流していた。それをスタジオにいる例に詳しい人物が「呪いですね」などと、いわくありげに語るのであった。(詳しくは「あなたの知らない世界(Wiki)」と言いたいが、よほど古いのかほとんど詳細に触れられていない(笑))

もう、真昼間から霊だの呪いだの、そういう話に目のない私には最高の番組だった。それもワイドショーなので、結構エグイ話をしていたように思う。そうして、夏休みのひと時、恐ろしい幽霊の世界に触れ、

「幽霊は絶対にいるに違いない。できれば会いたくない」

などと、力強く考えたものである。因みに、小学校の図書館の本で「1999年に世界が滅亡する」という驚愕の事実を知って、あまりの恐怖に学校から走って家に帰り、母親に「1999年に世界が滅亡するらしい。どうしたらいいの!」と、言ったところ、「みんな死ぬなら、あんただけ残るわけじゃないから大丈夫。そんなに心配することはない」などと、良く分からない理屈で返されたのは忘れてない。

時は流れて2017年。約40年の人生を振り返ってみても、幸か不幸か幽霊とは出会っていない。そういう意味で幽霊はいないと思う。幼少時に霊能者にひどい目にあったという芸人・上岡龍太郎の名言「幽霊がいるなら、バースが甲子園でホームランを打つはずはない」を思い出す。つまり、「人の呪い」があるのであれば、あれだけ第二次世界大戦中に日本本土を爆撃し、あまつさえ原爆まで落としたアメリカ人が、日本人に祝福されるような行為(ホームラン)をするはずがない……という意味であったと思う。

分かったようなそうでないような気がするが、私は腑に落ちた。

そもそも幽霊がいるというなら、なぜ、幽霊は現代風の格好で出てくるのか? なぜ、原始人の幽霊や縄文時代の幽霊、江戸時代の幽霊が出てこないのか? 幽霊にも寿命があって時間が経つと消滅してしまうのか? 地球ができてからこの土地でいったい何人の人間が死んでそれがどれくらい幽霊になっているのか? などと、深く考え始めると答えのない疑問ばかり感じる。

今のところの結論を言うと、幽霊は「文化」ではないかと思う。ある一定の規則、条件、心理状態が揃うと出現するのは間違いない。だから個人的には「見える」ことは絶対にあるし、言葉を介しての「呪い」も成立する。だから軽く見てはいけないし、他人の呪いをかってはいけない(呪ってもいけない)。ただ、物理的には存在しないと思っている。死ねば人間は消滅する。幽霊が残るのは、生きている人間の中なのである。

とはいえ、「あなたの知らない世界」が持っていた妖しい魅力は、インターネットが発達した現代では説明しづらいものだ。何でもかんでも検索できないからこそ、「幽霊はいるかもしれない」というのは魅力的な世界観であった。そういう「恐怖」があったからこそ、それと真逆の「安心」もあったのではないかと、この「不安」の時代に思ったりする。

(きうら)



















ラベル:きうら エッセー
posted by 北川商店 at 06:00| エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

夏目漱石と西田幾多郎(小林敏明/岩波新書) 〜読書メモ(4)



「共鳴する明治の精神」という副題。

あまりおススメするポイントはない。

おススメ度:★★☆☆☆


まず、この「読書メモ」について、瑣末的断りを書きますが、このコーナーにおいて、岩波新書をとりあげることが多くなるとは思うのですが、これは、私の住まう都市にある図書館が、必ず岩波新書を購入しているからです。

この本は、夏目漱石と西田幾多郎という「同窓生」であり、明治の「知性」として名を残した二人の偉人の、共通する部分について、大まかに述べたものです。まず、二人の持っている性格や生い立ちについての共通点について述べられます。

この二人は顔を知っている程度の関係だったようですが、それぞれがもっている人物ネットワークには重なる部分があるようです。前半では、そのネットワークについて大まかに述べられます。

後半は、二人が打ち込んだ禅について。漱石と西田の禅に対する打ち込み方の違い。それから二人が出したベストセラーについて。現在でもこの二人の著作は広く読まれていますが、漱石の方が圧倒的でしょう。

最後は両者の戦争観や、表現法についても述べられますが、これらは本書の著者が以前に出版した本からの簡単な抜き出しみたいな感じで、中途半端です。著者も新書サイズだとこれしか書けないと断っています。

漱石や西田について知りたい人なら、(それぞれについて書かれた)別の本を読んだ方がいいでしょう。(No.004)

(成城比丘太郎)







posted by 北川商店 at 06:00| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

怪談《1》(成城比丘太郎のえせエッセー) 〜著者の怪談話

私は、怪談は結構好きです。好きといっても、怪談ライブに行くとか、怪談をしあうとか、そのような積極的な行動に出るわけではありません。昔は、インターネットのオカルトサイトなどを見て回って楽しんでいましたが、今はたまにテレビの怪談をみるくらいです。関西地方で毎年放送している、怪談グランプリという番組を、先週観ましたが、それを観ていて思ったのは、怪談というのは、やはり技術なんだなぁということです。

その番組では、だいたいの語り部のエピソードは、ホラー漫画かホラー小説にでも出てきそうな、ある意味作り物のような感じだったのですが、それをうまく語れるかどうか、つまりそれっぽく思わせるかどうかが肝だと思いました。実体験だろうが、作り話だろうが、それが怪談として成立するには、ある一定の筋道があるように思いました。まあ、それがざっくり言うと技術なんですが、稲川淳二も、臨場感を出すために様々な音響効果を用いると言っていました。

そういうプロが語るのも面白いのですが、インターネットで素人(?)が書いたと思われる、よくわからないオカルト話も怖いです。そもそも因果関係とかもはっきり示されず(プロの話でもありますが)、怪奇現象や、怖かったという心理だけをそのまま書きだされて、読むほうは何が書いてあるのか、読み解くのに苦労する、そのような怪談(?)の方がむしろ怖かったりします。そんな私も恐怖体験(不思議体験)に二つ三つ遭いました。今回、一応その一つを簡単に書いてみたいですが、体験している本人が怖かっただけなので、その辺はご容赦ください。

あれは10年以上前ですが、私はその当時、たまに、とある高原へ早朝に(車で)出かけることがありました。日の出を見るための時もあり、ただ朝の高原を歩くための時もありました。その時は朝の高原を歩くために、6時ころに出発したのですが、高原に着く頃(7時前)には薄く靄がかかって、景色も楽しめずに、簡単に高原のハイキングコースを歩くだけにしました。薄靄の中をいつものルートを歩いていたのですが、目の前に十字路が見えてきて、その十字路の前方50メートルくらい先のベンチに座る二つの影が見えてきました。こんな朝早くからハイキングかとも思ったのですが、段々とその姿が見えてきたときになんかやばいと思いました。坐っているのは、老夫婦らいしのですが、二人は弁当を広げてなぜか楽しそうに感じました。はっきりと見えないのにそう感じたのです。そもそもこんな早朝の薄靄の中を歩くなんて物好きは私だけだろうという先入観があったため、不意を突かれた形だったのですが、冷静に考えると濃くなる靄の中をこんな早朝にハイキングなどあり得ないと思うと、まっすぐ進むのはなんか厭だなと思ったのです。前を通る時に挨拶しなければならないし、もし変な存在なら厄介だなと思ったうえ、何よりも二人から感じる雰囲気がなぜか<あれは生きているものではない、かもしれない>という本能からのシグナルもあり、十字路をすぐに左へ曲がると、ダッシュして駐車場へと戻りました。その高原は駐車場がいくつもあり、もしかしたらその二人の乗ってきた車も他の所に止まっているのかもしれませんが、それを確かめることもせずに急いで帰りました。もし他の車がなかったら、厭な感じが増すだけですからね。

というわけで、今思うとそんなに怖くないのですが、急におかしな(と思う)ことが起こったり、それに遭ったりすると、本能のなせるわざか、それを回避したくなるんでしょうね。多分その二人は普通の人だったと思っています。

ちなみに、私は生きている人間(人間のする悪行)のほうが、はるかに怖いです。

(成城比丘太郎)







posted by 北川商店 at 18:24| エッセー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。