・ホラー要素満載の傑作SFエンターテイメント
・知的ゲーム的な要素も面白い
・残酷描写も多いので注意
おススメ度:★★★★☆
時は未来。人間たちは「呪力」という超能力を手にしていた。その力によって、様々な文化を生み出し、バケネズミという奇怪な化け物まで使役するようになっていた。しかし、「呪力」は世界を破壊するほどの可能性を秘めた力だった。余りに強力な力を得た時、人はいったいどうなってしまうのか? 破壊兵器に限らず、携帯電話から遺伝子操作に至るまで「余りに強力な力」を持った現代人に対する強烈な警告としても読めるSF娯楽大作だ。
この小説の核は世界をひっくり返すことだ。これはSFの常套手段であり、醍醐味でもある。この小説は2回ひっくり返るのだが、最初にひっくり返るまでは長く感じるだろう。ただ、逆転を楽しむためには平和な情景が必要であるのでこれは仕方ない。作者はホラー小説で世に出たこともあって、話が進むにつれてそれ系の描写が加速していく。特に歴代の皇帝の悪行などは、想像すると夢でうなされそうな位だ。この辺から悪趣味全開になるが、ここが分水嶺で、残酷描写に抵抗がなければラストまで一気に読める。
作者はかなりのゲーム好きだと思う。上巻の中盤もそういった知識を生かしたちょっとした戦争シーンになっており、かなり面白い。登場人物はやや類型的だが、敵役のバケネズミの造形には非常に惹かれる。超能力というのはSFとしてはかなり陳腐化したテーマだが、この敵役のおかげで新しい面白さを生んでいると思う。無敵の力に弱点があるというのも、どことなくゲーム的だが。
全体的には文句なく面白いし、読後感も色々考えさせられてただの娯楽小説ではないが、気になったこともある。全体的に粗い感じがするのである。キャラクターの死があっけないことや、超能力の発露の仕方もいまひとつ不明瞭な所もある。これは核となる部分だけに勿体ない。また、回想形式なので「この後、こんな悪いことが起こるとは」という無駄な脅しがかなり多い。余り連発されると白けてしまう。他にも、主役の文章が女性とは思えないほど硬質だとか、青春・エロシーンにリアリティがないとか、面白い小説だけに、細かい不満点が気になったりした。
作者である貴志裕介氏の特徴は、完全な娯楽志向と緻密な展開、そしてかなりのダークな描写である。表面的な残虐描写もそうだが、心理的にも追い詰められる描写が多い。本作は残虐描写にある程度の耐性があるなら、間違いなく読んで損はない傑作だ。ただ、ラストのオチでどうしても引っかかるのは、彼らに出来たのなら、彼ら以上に人間であった以前の時代にも可能だったのではないか? ということだ。とはいえ、最後までノンストップな奇怪な未来世界を堪能できて大満足であった。
![]() 新世界より(上) [ 貴志祐介 ] |

