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2017年08月02日

村上春樹は、むずかしい(加藤典洋/岩波新書)〜シリーズ「読書メモ」



内容の(本当に)簡単な説明。

加藤典洋を読んだことない人にはおススメしない。

おススメ度:★★★☆☆


村上作品には、「否定性(=伝統などを否定する態度)」を否定する、肯定性の肯定と、その否定されたものへの悲哀のまなざしがある。

初期作品に見る、全共闘世代の内ゲバの死者への関心。「パン屋襲撃」に見る、ポストモダン社会の倒壊を告げる作品とそれへの抵抗。

「世界の終り〜」に見る、「内閉性」へとどまること。その後デタッチメント(隔離=外とのディスコミュニケーション)から、コミットメントへ。

1995年以降、ふつうの人物が登場する。デタッチメントを突き抜けた、グロテスクな人物が、主人公の他者として現れる作品が多くなる。

この本で面白かったのは、著者が「2013年末、国際シンポジウムに参加」したら、「村上春樹の小説が中国、韓国の知識人・文学人には受け入れられていな」くて、「大衆迎合、若者向きの文学、良質なエンターテインメントにすぎない、と思われている」とあるところ。今はどうか知らないが、なかなか興味深かった。私個人は、『海辺のカフカ』で読むのを止めている。なぜか、以前ほど深みを感じなくなってしまった。作品の問題かどうかわからないが、いずれ近作も読むとは思うので、よく考えてみたい。ところで、不確かな記憶では、『海辺のカフカ』で、コンビニのおにぎりと、村上作品ではじめて横文字以外の食べ物が登場したように思うのだが、もしそうなら興味深いのでこれも考えてみたい。

(成城比丘太郎)

(編者追記)村上春樹作品は私も結構読んだが(中韓の知識人に迎合するわけではないが)、やはり深みのある文学というよりは、トリッキーな娯楽作品としての側面の方が強い印象がある。面白いか面白くないかと言えば、十分すぎるほど面白いが、では、何かこれまでに感じたことのない特別な感情が喚起されるかというとそうでもない。全く比較対象にはならないのは承知の上で書いてみるが、ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」を読んだ時の衝撃とは全く質が違う。「夜と霧」は正に私の世界観を変える衝撃的な本だった。生暖かい「安全」をそぎ落としたときにいったい何が人間に問われるのか。「夜と霧」以降、私の文学的興味はその方向に向いたといっても過言ではない。こちらで紹介しているので、戦争について考える8月、良ければご一読を(きうら)。









posted by 北川商店 at 20:54| ★★★☆☆ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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